ひだまりの中で

日々のできごと。

干し柿

友達から渋柿をもらった。

かなり大きめの柿だったので、15個の渋柿はずっしりと重かった。

何年か前に作ったことがあったので、ウッドデッキの物干し竿に吊るそうと思いながら柿の皮を剥いていたのだが、そういえば近頃近所の人が作っている家庭菜園の野菜が猿にとられて被害にあっていることを思い出した。

外に干したらおそらく猿が取りに来るだろう。せっかく立派な柿をもらったのに、干し柿が作れなかったらかなしい。

園芸用のネットをかぶせてみたけど、網目が荒すぎて人間のわたしの手でもすっぽりはまるので役に立たない。

あれこれ思案した結果、けっきょく家の中で干すことにした。

でも、家の中ではおひさまが当たらないのでなかなか熟さないし、カビが生えるかもしれない。

そこで、

干し柿

 

昼間は外の洗濯物と並べて物干し竿に吊るして、夕方洗濯物を取り込むとき一緒に取り込んで家の中の洗濯室に取り込むことにした。

毎日のことなので面倒くさいけど、2週間もすれば甘くておいしい干し柿が食べられるんだからそれまでの辛抱と思い、吊るし柿を外に出したり家の中に入れたり繰り返している。

干し柿

今日でちょうど1週間。

途中でモミモミしてやると甘みが増すと聞いていたので、やさしくモミモミしてやった。

 

くるみとめぐ、さようなら、ありがとう

くるみの場合は目の前で息を引き取ったので彼女の死を受け入れることができた。

でも、めぐはある日突然姿を消して、10日以上経った。今もまだ彼女の死を受け入れられないでいる。

一週間待っても帰ってこなかったので、めぐが使っていたベッドや食器、爪とぎボックスを片付けた。見るとつらくなるので。。。

 

くるみが5月1日に息を引き取った。11月3日にめぐが姿を消した。

たった半年でふたりともいなくなってしまった。

くるみ

めぐ

 

のら猫との攻防

スコティッシュフォールドに似た(たぶん、ミックス)野良猫が頻繁に来るようになった。

めぐのために作った出入り口(スイングドア)から侵入してキャットフードを食べるのだ。

夜中に、わたしがぐっすり寝入ったころを見計らってくるので、しばらく気が付かなかったけど、朝、めぐのキャットフードのお皿が空っぽになっているのを見て、あの野良猫が入ってきたにちがいないと確信する。

めぐはキャットフードを2,3粒残すくせがあるのだが、ノラは一粒残さず食べるので、皿を見たらノラが来たことがすぐわかる。

何日か様子を見ていたら、本人(本猫)がのこのこやってきて、わたしが見ているのに気が付かず、スイングドアを頭で押して入ろうとしているところだった。

わたしと目が合うとすぐに逃げ出すのだが、しばらくするとまたやってくる。

部屋の外の廊下に餌を出してドアを閉めておくと、ノラは自分でドアを開けられないからすごすご帰って行くのだが、わたしがトイレに入っているほんの短い時間に、人の気配がないのを確かめてから、あっという間に餌を食べて出て行く。

スイングドアの前に障害物を置いてドアが開かないようにしたらめぐが出入りできない。

何度かそれを繰り返しているうちに、私が部屋にいるにもかかわらず、平気で入ってくるようになった。

ドアの外にご飯を出して隠したり、いろいろやってみたけど、一日になんどもパトロールをしているらしく、ほんのちょっと油断した隙にやられてしまうのである。

 

虹の橋を渡ったくるみ

昨夜はオトーがくるみの隣にふとんを敷いて添い寝をしていたらしい。

窮屈だったので、くるみを横に寄せようと動かしたとき、かすかに動いたけど、その後すぐに動かなくなったので、もう天国へ旅立ったのだとわかったという。

私が起きて居間へ行ったら、オトーが目のフチを赤くして「くるみが死んだ」と言った。

くるみをベッドに移し替えてから、和室とリビングに敷き詰めてあったクッションフロアーの敷物を外して部屋の片付けをした。ドッグフードや使っていた食器を片付けるとき、さすがにいろいろな思い出して涙がこぼれる。

ラスベガスから帰ってきてから7年間、くるみと生活してきた。

 

9時に静の里でくるみを火葬してもらう。

11時、迎えに行ったオトーが小さな瓶に入ったくるみを連れて帰ってきた。

くるみが使っていたもろもろの品物を片付けたら、部屋がガラーンと広くなった。

 

健太郎に電話で報告したら、どうしても帰りたいというのでオトーとふたりで空港まで迎えに行く。

3時間ばかり家で過ごしてから遊食房屋で夕食をすませ、8時過ぎの飛行機で東京へ帰って行った。

アメリカの連邦最高裁判事の承認公聴会について

「ラスベガス的リタイアの法則:(タイトル)から引用」

毎朝読んでいるラスベガス在住のyums-taさんのブログの記事が素晴らしかったのでここに転載する。

ameblo.jp

アメリカでは今週、承認されれば史上初のアフリカ系女性の連邦最高裁判事となるケタンジ・ブラウン・ジャクソンの承認公聴会が、上院で行われていました。
ジャクソンさんが連邦最高裁判事に選ばれるまでの公聴会の経緯をわかりやすく説明してくれているので、アメリカの政治の裏側がよく理解できた。

スロバキアにひとりで避難してきた11歳の男児

「ラスベガス的リタイアの法則:(タイトル)から引用」

 

右の写真、手の甲に書かれた電話番号に注目。

お母さんが、大事な電話番号をなくさんように、手の甲に書いたんでしょうね。

 

ビニール袋1つとパスポートだけで、誰も知る人もおれへんのに、ひとりで国境を渡ったこの子。

どんだけ心細かったやろうと思うと、不憫で涙が止まらない。

 

お母さんは、スロバキアの心優しいボランティアの人らが、息子のことを守ってくれた様子を見て、さぞかし安心したやろね。どんだけ有難いと思わはったことやろ、と思っていたら…。

 

お母さんがスロバキアの人にお礼のメッセージを。

 

「11歳男児のお母さん」

 

 「私はウクライナ国民で、未亡人です。息子以外にも子供がいます。スロバキア国境のボランティアの皆様に心からお礼を申し上げます。息子が国境を越えるのを助けていただき、手厚いお世話をしていただいてありがとうございます。息子は11歳で、ひとりで列車に乗り国境に向かいました。国境で警備隊の方が、息子の手を引いて国境を越える助けをしてくださいました。スロバキアのボランティアの方々は息子に食べ物を与えてくれ、首都まで連れて行ってくださいました。息子の命を救っていただいて感謝の気持ちでいっぱいです。私たちが住む側には原発があり、ロシア軍の攻撃を受けています。私には足の不自由な母がいるので、母をひとり置いて息子と一緒に行くことはできません。息子をひとりでスロバキア行きの列車に乗せたのはそのためです。息子は大きな心の方と出逢えて、小さな国なのに心の大きい人がスロバキアには多い。どうかウクライナの子供たちを救って、シェルターを見つけてやってください」

 

えーんえーんえーんえーんえーん

 

もう涙が止まれへん。

息子をひとりで行かせる決意をするまでのお母さんとおばあちゃんの問答が聞こえるよう。

 

おばあちゃんなら娘と孫のことを思って「私のことは心配せんでエエから、この子を連れてスロバキアに逃げ」と言うたよね、きっと。

 

けど誰が足の不自由な母親を置いて逃げられる?

 

未亡人の彼女は、集められるだけの勇気をかき集めて、息子をひとりで逃げさせる英断をしたんよね。

 

息子が家を出た日、おばあちゃんはどんな思いで孫を見送ったんやろう。

 

お母さんはどんな思いで11歳の息子をひとりで列車に乗せ、走り出す列車を見つめたんやろう。

 

駅のホームで列車が小さくなって見えなくなるまで見守りながら、きっと泣き崩れはったんやろな。

 

手の甲に書かれた電話番号が切ない。

おそらく自宅の番号で、11歳ならそれくらい覚えていただろうけど、お母さんはそれでも万が一忘れたら、と取り止めのない不安に襲われたんとちゃうやろか。

 

二度と会えないことのないように、思わず息子の手の甲に書かずにはいられへんかったんやろうな。

 

どうかこの子がお母さんとおばあちゃんの元に帰られる日が、1日も早く来ますように。お願い

 

避難してるのは基本的に女性と子供。離れ離れになった家族が、1日も早くまた一緒に暮らせますように。お願いお願い

この1週間以内でプーチンが達成したこと

この1週間以内でプーチンが達成したこと

・全ヨーロッパを団結させた

・ドイツが武装強化

・スエーデンとフィンランドNATO加入を検討

・トルコとギリシャに共通の敵ができた

・スイスはもはや中立国家でなくなった

・ロシア経済が暴落

 

プーチンが達成できてないこと

ウクライナ