私が尊敬している「ベトナムの子どもの家」の創設者、小山道夫さんのブログに「母べえ」の映画の感想が書かれている。
<素晴らしい映画だった。今、この時期に見る価値のある映画でもある。>とおっしゃっている。
先日私も「母べえ」の感想を書いたけど、撮影にまつわるうわべのことしか書かなかった。
でも小山先生は、山田洋次監督がこの映画を作った意図をしっかりと受け止め、作品の表面に現れていない細部まで読み取っていらっしゃる。
同じ映画を観ても人それぞれ感じ方や受け止め方が違うのは当たり前なんだけど、どう観るか、どう感じるかでその人の価値観や人格が出るものなんだとつくづく思う。
ちなみに、小山先生の感想は
「反戦映画」と括ってしまうことには抵抗がある。
山田洋次が何故この時期に「母べえ」を作ったのかを考えた。
戦争の場面も出てこない。普通のドイツ文学の学者の家庭。
吉永小百合の奥さんと二人の女の子の普通の家庭である。
昭和15年、1940年から話は始まる。
日本軍国主義が異常な勢いを増し始めた時代である。
夫の「父べえ」は「赤」として検挙される。
そして拘置所で死んでしまう。真珠湾攻撃が始まって
4年間の普通の家庭の日常が、戦争でどのように変わって
いくのか? 戦争が普通の家庭、普通の人間をどのように
狂気に追い込むのかを淡々と描いている。
山田洋次は、戦争が一部の指導者の責任でおこなわれるの
ではなく、国民の強烈な支持なくしては遂行できないことを
言いたかったのではないかと思う。
戦争は普通の庶民が最大の犠牲者であり「加害者」であることを
訴えているようにおもえる。シンガポール陥落の提灯行列・・・。
「時代」に少しでも合わない人間・思想を徹底して排除する社会
こそファシズムである。普通のドイツ文学者が牢獄で殺され、
民主的といわれた恩師が「思想が悪い」と奥さんの吉永小百合
に言う。「時局」ということば。
ほんのちょっと前。「美しい国」と言った首相がいた。
美しくないとこの首相が思ったものは「抹殺」しそうな
危うい首相であった。そして、今も危うい時代である。
その時代に逆らう人間と思想を受け入れる時代こそ
本当の民主主義社会である。
「母べえ」は1940年から45年の「狂気」を描きながら
今の日本の危うさ、狂気へ突入する可能性と危険性に
警鐘を鳴らしていると思われてならない。
私の住んでいるベトナムは「母べえ」の時代そのものである。
是非、多くの皆さんに推薦したい映画である。
映画の始まりから最後まで涙が止まらなかった。