ひだまりの中で

日々のできごと。

幸せとは?

 45年間も洞窟で生活していた男性がいるそうだ。
 家族にいじめられて13歳で家出し、ヘビやカエルを食べて生き延びたという。ある日、空腹に耐えかねて自動販売機から小銭を盗もうとして警察に逮捕される。その後、身元引受人が現れて、男性はその人の好意で住居と仕事を得る。
 順調に社会復帰を果たしかに見えたが、去年の秋、突然姿を消す。
 テレビ局の取材班が行方を突き止めて、再度取材するという番組だった。その中で気になったのは、レポーターが「いったいなにが不満で家を飛び出したのだろう」というコメントの部分。
 幸せの度合いには個人差があって、価値観にも違いがあって当然だと思う。それなのに、経済社会の一員として暮らすことが幸せなのだと、一括りにまとめようとする姿勢に違和感を覚えたのだった。
 洞窟で暮らしていた男性は、人間社会に馴染めなかったからこそ、洞窟で一人で暮らす決心をしたのではなかっただろうか。そうでなければ、13歳にもなれば一般の社会で生活するか、野山で野生動物のような生き方をするかの選択はできたはず。
 それをせず、動物のような生き方を選んだということは、人間に、あるいは一般社会に絶望したからではないだろうか。
 それなのに、齢60になっていまさら普通の人間社会で生活しろという方が、むしろ彼にとっては不幸なのかもしれない。
 私の古い友人に、よく似た人がいる。
 彼も孤島での生活がマスコミで派手に騒がれて本が出版され、その印税を巡る生々しい現実に絶望して、今は南の島で静かに暮らしている。